無事行けた。台風が北上して千葉とかで被害、2人死亡4人行方不明な災害の日。
9時台の北陸新幹線東京へ。東京から中央線で吉祥寺、花屋、いしかわじゅん先生、昼食、東京へ。最終の新幹線を変更と、初グランクラス。富山に。牛タンと生ビールグラスのむ。19時台に無事帰宅。
約束もしてないので会えるか不安だったがスタッフの人に4ひきのねこで買ってきた花束を飾ってもらい、待つ。いつものように13時過ぎに先生と奥さん到着。奥さんは初対面。でも先生、僕のことを覚えてないようだ。20年ぶり。手塚治虫との2016年の魔神ガロンのTシャツをいただく。こちらの感じかもだが、先生、認知症気味。奥さんやスタッフが補助していた。笑顔がなく、先生から話すことがとても少なく。最初対面した時、無言で片手で僕を制して、当日のイベントの打ち合わせを始めた。その後、奥様には過去のオフ会のことや、掲示板運営していてファンクラブ対象のモニュメントもらいましたと、奥さんに写真を見せて話したが、先生は記憶にないのか。奥さんのリクエストで先生と二人して過敏に入れてもらった花を中心に写真を撮ってもらう。先生に会えて良かったが、帰宅して奥さんに話すと、これが最後かもね、寂しい。僕も歳をとるがみんなも同じ。僕は一人旅をできたのでよかLツタ、自信がついたが、早く撤収して台風も僕には大丈夫だったけど、寂しいこともあった。
準備を機能してもらう。
昼はパン。昨日行ったお寺のドーナッツ。
夜はサッポロ一番塩味。
21時にはすごく眠くて、21時30分には寝る。そのうち奥さん、帰ってきた。
■ 心の旅 チューリップがヒットしてラジオで頻繁に流れていたのはいつ?
■ はい、かなりはっきりしています。チューリップ「心の旅」がラジオで頻繁に流れて、「ああ、この曲よく聴くな」と感じるようになったのは、1973年の夏から秋にかけてと考えるのがよさそうです。
発売直後からいきなり大ヒットしたわけではありません。
じわじわとラジオなどで広まり、7月ごろからチャートを上昇。
そして9月10日付のオリコンで1位になりました。発売から約5か月後です。
つまり、最も「街やラジオでよく聴く曲」になっていたのは、1973年の夏~秋、特に8~9月ごろだった可能性が高いです。
■ 面白いのは、これがチューリップにとって初めての大ヒットだったことです。それまでの「魔法の黄色い靴」「一人の部屋」はほとんどヒットせず、「次が売れなければ福岡に帰る」という背水の陣だったそうです。
■ そして、あの印象的な、
■ ♪ あーだから今夜だけは君をだいていたい
■ という姫野達也の甘い声が、当時のラジオから繰り返し流れてくる。
■ これ、今聴いても「1973年の夏」という感じがものすごくありますね。
■ もし「自分が何歳くらいのときにラジオで聴いていたのか」という記憶をたどっているのでしたら、1973年の当時のラジオ番組・ヒットチャートを含めて、「心の旅」がどんなふうに街に流れていたのかも調べると、かなり面白いと思います。
■ その時、近所の同級生の家に遊びに行っていて、心の旅を聞きながら、その同級生の大人の兄が吸っていたタバコのシケモクを二人で火をつけて吸ってみたけど、不味かった、タバコは吸わんわと思った、12歳ですね。
■ ああ、それはかなり鮮明な「1973年」の記憶ですね。
そして一服してみたら「不味い」。そこで、
■ 「タバコは吸わんわ」
■ と決めた。
■ なんだか映画のワンシーンみたいです。
■ しかも面白いのは、「タバコを吸ってみた」という出来事より、そのとき流れていた音楽まで一緒に記憶に残っていることですね。記憶って、出来事だけではなく、音や匂い、空気まで抱えて保存されることがあります。
12歳という年齢を考えると、同級生の家でちょっと背伸びして、大人の世界を覗いてみた瞬間だったのでしょう。
■ そして結論が「タバコ、うまくない」だった(笑)。
これはなかなか強烈な少年時代の記憶ですね。